Profile

桑山篤

現在、ベルギーでアニメーションを学ぶ傍ら、翻訳・映画制作・上映に携わる。 大学卒業後、青年海外協力隊員としてキルギス共和国へ派遣される。 活動の一環で通っていた地方都市の孤児院/寄宿学校の児童・生徒たちと共に彼らのラップを軸に映画をつくったのが初めての映像制作体験。 帰国後、地元福岡で辞書を作りながらハローワークに通い就活。 東京の制作会社に勤務するもまったく使えずひと月でクビに。 飲食店バイトや空き缶拾い、翻訳の仕事をやりながらドキュメンタリーの宣伝や上映に関わる。 合間を縫って自主制作。万が一奨学金がもらえたらドキュメンタリーを学ぼうと発起し、エラスムス・ムンドス修士課程「DocNomads」に四期生として入院。 欧州の小国ポルトガル、ハンガリー、ベルギーで異邦人としてのドキュメンタリー制作を学ぶ。


11/3(金) 【本照寺】

13:00ー15:00

「日本語字幕版/日本語字幕付」


①『With All Our Cameras』

監督 Miguel Beraza / 26分
スペイン・ハンガリー
ロッテルダム国際映画祭正式出品

自分たちの代がポルトガルでの第一学期を始めたころに修了制作の例として見た作品。言葉の通じない国や地域でどのようにドキュメンタリーをつくるのかという課題を意識するうえで非常に励まされたことを覚えている。とても自由な形式、軽やかなリズム。そしてこれらが写真と建築のバックグラウンドを持つ作家のエゴではなく、被写体との共感・チューニングから生まれていることが伝わってくる。言葉だけでなく生きてきた文脈も出会った立場も全く異なる邂逅。様々なカメラの質感があることでいつ撮られたものなのか分からなくなるが、その非時代性がかえって個人の歴史の多層性を浮かび上がらせる。なぜか懐かしい現在。この映画には、誰もが持っている複雑で豊かな襞に気づかせ、人を優しくする力がある。またシャンドルと母親のシーンのように、作家自身の脆弱さの真摯な吐露によって、「やらせ」がもはややらせではなく愛おしい共犯性となる。

With All Our Cameras (Trailer ENG) - Miguel López Beraza from Marvin&Wayne on Vimeo.


②『Pulse』

監督 Robin Petré / 26分
ハンガリー
DocLeipzig銀鳩賞
DocLisboaグリーンイヤーズ賞

自分たちが修了課題の制作を開始する直前に、参考として出会った作品。主題や被写体など人間中心主義に陥りがちなドキュメンタリーに清々しい風を送ってくれる。ソ連の映画監督でドキュメンタリーの親玉の一人ジガ・ヴェルトフは人間の目では捉えられない世界の姿をカメラによって見出すという映像の可能性を切り開いた。そういう意味でも、映像の端々から人間の外へ出ていこうとする衝動が感じられる。よくあるネイチャードキュメンタリーと全く違うアプローチ。動物を擬人化して家族の物語に押し込めるのではなく、動物と伴走するなかで掬い取られるものに注意を向ける。脈拍(パルス)という一見無機質なただの数値が異なる状況の中で繰り返し提出され、そのうち肉を持った感情に変わっていく。感覚民族詩学研究所(『リヴァイアサン』『スウィートグラス』等)の取り組みとも共振する。自分の知っていること、理解の範疇に押し込めるのではなく、自分を自分から引きずり出すものとしての他者の描き方には大きく触発される。

PULSE . trailer from Robin Petré on Vimeo.




11/4(土) 【本照寺】

12:00ー14:00

「日本語字幕版/日本語字幕付」


③『Batrachian's Ballad』

監督 Leonor Teles / 11分
ポルトガル
・ベルリン国際映画祭金熊賞

ハンガリーのシェアハウスで同居していたポルトガル人同級生の親友。ベルリン映画祭に行く前にハンガリーに遊びに来ていたので、作品を見せてもらう。稀有な痛快さをもった傑作だと思っていたら、数日後に金熊賞受賞w。説明のない楽し気なホームムービーで構成される一連のイメージと、時代を超えた寓話的な語りとの間にあいた空間が観客の想像力を喚起する。そこに、帰属しない民の経験してきた他者性が浮かび上がる。そしてパンクな後半。物語の詩的な語り手として、同時にその不遜な担い手としての共存・対立をありのままの当事者性として投げる。映画内のトーンの変化は、馬が常足から駈足に、そしてギャロップに代わる瞬間を目撃するように自然。社会的にマージナルな個人やコミュニティー、記憶を撮影・表象し、権力関係を再生産しながら当事者の自己イメージの生成機会を奪ってしまう作品や作家が多々ある中、地に足の着いた中指の立て方。カエルと共に「かわいそうなジプシー」像を爆破する意気。実際に叩き割るという決断は限りなく正しい。自らの当事者性に立脚した物語の力強さの爽快な例。

Balada de um Batráquio / Batrachian’s Ballad [Teaser] from Portugal Film on Vimeo.


④『Women in Sink』

監督 Iris Zaki / 35分
イスラエル
・カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭審査員特別賞
・英国グリアソン賞学生部門

スペインとの国境近くのポルトガルの村で開催される映画祭で作家と作品に出合い、そのシンプルな形式と親密な会話に打たれる。撮影側の領土であるスタジオでもなく、被写体の家でもなく、サロンという中立地帯で交感することの重要さ。そこでは、個人に折りたたまれた他者がその切片を垣間見せる。映画以外の労働をしながら映画を作るということ。労働とは切り離された映画を余暇につくるの(趣味)ではなく労働と映画を繋げること。カメラをどこに置くのか?最も大事な問いのひとつに、彼女は働く中で得たインスピレーションを明確な映画的な答えとして昇華している。絶妙な作家自身の現れ。他者との切片を浮かび上がらせる親密さの芸術。そして、芸術のことだけを考える芸術が独善的、自己言及的に枯れていくのに対し、生活という源泉は無尽であると芸術自体をも励ますような作品。プロの映画監督にならずに映画を作り続ける方法を考える上でも示唆的。


⑤『また次階!』

監督 桑山篤 / 11分
ポルトガル
・ポルトガル映画アカデミー・ソフィア賞学生部門
・HotDocs正式出品

2015年の10月、第一学期を過ごしていたリスボンの家の近所でマリア婆ちゃんと出会った。彼女は何年にもわたって、近隣の大通りで日中を過ごした後にこの階段を登っていた。ご近所さんとして、私たちは通りで顔を合わせるようになり、階段を一緒に登るようになった。  現地に到着して間もない外国人として、私は彼女の言っていることがほとんど分からなかった。理解できたことと言えば、彼女が毎度繰り返していた三つの質問ぐらいだ。一つめは、彼女が殺してきた6人の旦那の後の7人目になりたいかということ。二つめは、私がネズミを食うのかということ。そして三つ目は、私が個人的にブルース・リーを知っているかということ。私は、ネズミ食わんし、香港出身じゃねーし、まあ7番目の旦那ならなってもいいか、というようなことを繰り返し伝えようとした。彼女の話が本当なのかどうかも分からなかった。しかし、すぐに気づいた。私がどのような文化的アイデンティティーを象徴しているのか、彼女の話が本当かどうかなどということは彼女にとってそれほど大切なことではない、より重要なのは、私たちの身体が愉快な時間と空間を共有していることだと。  私は、彼女の強烈なユーモアと、確信に満ちた粘り強さに強く打たれた。それは、他者の脆弱さに触れたときに私たちがとってしまいがちな哀れみの、贔屓の、見下しの態度を拒絶するものだったからである。彼女と階段に登りながら、私は人助けをしているなどと感じることはなかった。時に私を引っ張ったり、私にものを教えたりしながらも、彼女もそうだったと思う。それは、個人の能力というケチな考えに還元することのできない人の間の力学のように感じられた。二人のミュージシャンがその差異をジャミングするように、そこに道徳の入り込む隙間はない。この非道徳的な力学をどうにかして映画として差し出したかった。  二人の登場人物の他に、登場する階段も重要な役を演じている。私たち二人の交流や会話はこの階段の特異性―長さ、幅、角度、手触り等―によってのみ起こりえたからである。そのため、私たちは階段を単なる背景として扱うのではなく、出会いを触媒する空間と触れ合うためのコレオグラフィー(カメラの振り付け)を組み立てた。私たちの空間の、不便で非効率な触感や構造を消し去ってしまう最適化のプロセスに、この映画が疑問を投げかけることができれば幸いである。なぜなら、このような不完全さによってのみもたらされる交流や出会いもあるからである。障害物は、喜ばしい出会いを通して恩恵に変わる。